節季に寄せて【処暑】~木綿のはなし(1)

■ プロローグ  八月二十三日、処暑がやってくる。暦便覧には「陽気とどまりて、初めて退きやまむとすれば也」とあり、そろそろとやってきている秋を実感する時節なのであるが、今年ばかりはそうもいかず熱帯夜が続いている。  それでも、日差しは、ずいぶん弱くなり、あの、肌を突き刺すような太陽光線ではなくなってき…
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節季に寄せて【霜降】 ~ 紅しぐれ (4)

    ******************  この記事は、  ――節季に寄せて【寒露】 ~ 菊作り汝は菊の奴かな、の続きです。  通し番号:菊作り汝は菊の奴かな(6)  ******************  新劇運動は、明治四十二年、坪内逍遙による文芸協会と小山内薫による自由劇場によって始まり…
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節季に寄せて【霜降】 ~ 紅しぐれ (3)

 ******************  この記事は、  ――節季に寄せて【寒露】 ~ 菊作り汝は菊の奴かな(2)の続きです。  通し番号:菊作り汝は菊の奴かな(5)  ******************  時計の針を明治四十二年、須磨子の文芸協会入所当時に戻したいと思います。  文芸協会一…
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節季に寄せて【霜降】 ~ 紅しぐれ  松旭斎天勝と松井須磨子(2)

 ******************  この記事は、  ――節季に寄せて【霜降】 ~ 紅しぐれ  松旭斎天勝と松井須磨子(1)の続きです。  通し番号:菊作り汝は菊の奴かな(4)  ******************  エージェントたちの前で奇術のプレゼンテーションをして水芸など三つだけに合格点…
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節季に寄せて【霜降】 ~ 紅しぐれ  松旭斎天勝と松井須磨子(1)

    ******************  この記事は、  ――節季に寄せて【寒露】 ~ 菊作り汝は菊の奴かな(2)の続きです。  通し番号:菊作り汝は菊の奴かな(3)  ******************  幕末、手妻は、その全盛期を迎えました。  柳川豊後大掾を始めとする柳…
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節季に寄せて【寒露】 ~ 菊作り汝は菊の奴かな(2)

 どうやら、蝶に使う和紙と蝶をつなぐ絹糸が「胡蝶の舞」のしかけのようです。(愛知江南短期大学紀要37 「日本古典奇術 胡蝶の舞について」 河合勝) 「和紙に油を染みこませ」などという記録が残っているところを見ると、蝶のごとくみせるためには和紙の選定、加工も重要だったのでしょう。  しかし、何といっても、絹糸こそが胡蝶の舞の生…
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節季に寄せて【寒露】 ~ 菊作り汝は菊の奴かな(1)

    十月――黄金色に実った稲の穂が刈り取られるころ、秋祭りの季節がやってきます。  春、山から下りてきて田の神となっていた山の神は、人びとの感謝のことばと祭りの灯に見送られて山の奥深くへと帰っていきます。  今年もまた、一年の営みの大半を為し終えたのです。  こ…
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節季に寄せて【秋分】 ~ 秋分≒明月⊇うさぎ@ポンポコ狸(^ο^)ゝ (2)

 月を見て踊るといえば、證誠寺の狸もそうである。  まことにのどかな民話であるが、問題は、證誠寺の庭にさまよい出てきた狸は、一体、何ものかということにある。 「狸」という表記は、日本霊異記で初めて出現する。  日本霊異記は、八二〇年ころできたもので平安時代初期である。  つまり、これ以前に「狸」と…
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節季に寄せて【秋分】 ~ 秋分≒明月⊇うさぎ@ポンポコ狸(^ο^)ゝ (1)

    秋彼岸――  今年はまだまだ暑いが、このことばをきくと、さわやかな秋の本格的な訪れを感じる。  今年のばかばかしいほど暑かった夏もようやく終わりがみえてきた。  暑さ寒さも彼岸まで――とはよくいったもので、このことわざが間違っていたためしはまずないのだからたいしたものである。 …
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節季に寄せて【処暑】 ~ 木綿のはなし(上)

 八月二十三日、処暑がやってくる。  暦便覧には「陽気とどまりて、初めて退きやまむとすれば也」とあり、そろそろとやってきている秋を実感する時節なのであるが、今年ばかりはそうもいかず熱帯夜が続いている。  それでも、日差しは、ずいぶん弱くなり、あの、肌を突き刺すような太陽光線ではなくなってき…
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節季に寄せて【処暑】~木綿のはなし(2)

 和木綿が激動の時代に入ろうとする幕末近く、ひとつの木綿製品が登場する。  布団、である。  布団は、蒲団とも書く。 「布団」は布を何枚も重ねたもので、「蒲団」は布のなかに蒲(がま)の穂をいれたものだともいわれたりするようだが、よくわからない。  蒲の穂を布の中に入れたものは木綿布団と区別がつかない(…
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節季に寄せて【立秋】 ~ 定家・ヒグラシ・盂蘭盆会

 この、くそ暑いのに立秋がやってきます。  八月七日が立秋です。  ――どこに秋の気配がある  と、悪態のひとつもつきたくなりますが、どういうわけか、秋の気配を感じる奇特な人もいるのですから、あきれます。  夏休み恒例の、NHK「夏休み子ども科学電話相談」に出演されている先生方のお…
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節季に寄せて【小暑】 ~ 節供・七夕・棚機つ女

 七月七日は、小暑です。  なぜ、小暑というかというと、「大暑来れる前なればなり」――  それはそうでしょうが、命名者が暑さにうだっていたのか投げやりなネーミングのようで、今ひとつ、感心しません。  ――いよいよ暑くなるから覚悟せよ  という、意味でも籠めたのかもしれません。  初候は、「温…
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節季に寄せて【夏至】 ~ 雑節・舞い・半夏生

 とうとう、夏至がやってくる。 「とうとう」などという必要はないのだが、夏至というのは、あの、うだるような暑さの季節がくる合図のようなものだからたいして感慨も起こらない。  六月二十一日が夏至で、一年で一番昼が長く、東京では14時間35分、沖縄では13時間40分となる。  しかし、よくよく考えてみれ…
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八女津媛・まとめ (8)-[1]

【08 熊襲の媛の親殺し-[1]】  ここまで、「豊前・豊後」などと律令時代の国名を使ってきたが、ここで、国名について若干触れておく。  九州は、筑前・筑後・肥前・肥後・豊前・豊後・日向・薩摩・大隅の九カ国からなる。  が、これは、八世紀以降のことであり、古くは、筑紫・豊国(とよのくに)・肥国(ひの…
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八女津媛・まとめ (8)-[2]

【08 熊襲の媛の親殺し-[2]】 『紀』は、記す。  ――その鋒、當たるべからざるなり  大隅半島の山野に充ち満ちた隼人たちのエネルギーの沸騰が伝わってきそうな一文である。  ただ、ヤマトと熊襲が闘うのは、これが初めてのはずである。  にもかかわらす、この記事は、熊襲についての分析がな…
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節季に寄せて【芒種】 ~ 蟷螂・女の家・天風こう

 六月五日は、芒種(ぼうしゅ)。  芒(のぎ)を持つ植物の種を蒔くころだとされています。  芒を持つのは、イネ科の植物です。  イネ科の植物は、花粉を風に乗せて運ぶ風媒花となったため昆虫を呼び寄せるための花びらがありません。もちろん、蜜も作りません。  そして、花びらは、小穂へと進化しました。  小…
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八女津媛・まとめ (7)

  【07 血田へ】  この地で、景行は、まず、青白および打猨と戦い、いったん城原に戻って兵を休め、再び戦闘を再開し、柏峡大野(かしわをおおの)に至って戦闘を終了している。  まず、前段階の青白との戦いを追うことにする。    景行は、青白と戦うにあたって、まず、棍棒を作った。  宮処野…
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八女津媛・まとめ (6)

  【06 速津媛】  北九州の四人、または、三人を討ったあと、景行は、佐麼から九州に上陸し長尾に行宮(かりみや)を立てている。  行宮は、短期間滞在して骨休めをするための簡素なものだったであろう。  残敵掃討の記載は、みえない。  頭領が討たれたことを知って逃げ散ったと思われる。  戦さ…
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