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日 時 |
宙津国物語 (完) 〜 第五章 一輪桜
しばらくして、樹霊の身体から、ぽとりと木の実が落ちた。
「これでよし」
樹霊は、満足そうであった。
「それでは潤、用意はいいかの」
ごくんと唾を飲み込んで、潤は、頷いた。いくら覚悟はしていても、時間がさし迫ってくるとやはり緊張するものらしい。
「あの」
と、潤はいった。
「恐くない?」
速波に、意識だけであるが、中津国の壁に連れて行ってもらった。その時の衝撃が、せっぱ詰まったように蘇ってきた。
「心配せずともよい」
樹霊は、笑うと、
「さあ、離れよ」
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2010/11/22 22:40 |
宙津国物語 (20) 〜 第五章 一輪桜
遠くで戦っていた春姫が結界の近くにやってきた。
「やむを得ん」
というと、春姫は、
「潤、夕霞、雪姫館へ行け」
と、いった。
潤と夕霞は、二人並んで、夜叉と戦っている春姫をぼんやり見ている。
「見ろ」
といわれ、南に展開して戦っている四人に目をやった。
夜叉の数は、確かに減ってはいた。が、夜叉との戦いが峠を越したとはいえない。夜叉は、まだ、小魚の大群のように集団をなし、動きながら戦かう速波と風神・雷神を、餌に群がるように襲っていた。
雪姫も、夜叉の群れに...
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2010/11/22 22:39 |
宙津国物語 (19) 〜 第五章 一輪桜
「隅麻呂も」
と、風神がおかしそうに頬を崩しながらいった。
「龍に逃げられて難儀なことよ」
「わしは」
田力男が走り出した。
「武器を取ってくる」
「夜叉の群れ」
と、雪姫が鋭い目で遠方を見つめて、いった。
隅麻呂と夜叉の群れは、随分離れていた。隅麻呂の、一世一代の遁走の賜である。
「一固まりになって、こちらに来るようでございますな」
と、速波がいうと、雷神が
「館に向かう気配はないようじゃ」
と、夜叉の群れを見ながらいった。
「油断はならぬ」
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2010/11/22 22:39 |
宙津国物語 (18) 〜 第五章 一輪桜
どれくらい気を失っていたのか、隅麻呂にも分からない。
気がつくと、のろのろと起きあがり、周りを見回した。
「おお」
と、思わず歓声を上げた。
「中津国だ」
隅麻呂の回りに、稲穂を垂れた田が広がっていた。
「風が吹いておる」
稲穂が風に揺れていた。
「川も流れておる」
隅麻呂は、目に映る光景を一つひとつ声に出していた。
「川には魚がおるか」
という隅麻呂は、目を細めて頬笑んでいた。
視線を遠く上げると、
「山の緑が目に痛いわ」
と、笑った。
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2010/11/22 22:39 |
宙津国物語 (17) 〜 第五章 一輪桜
九州の一隅で、八千年以上を生きてきた樹霊は、数十年前、水底に沈んだ。
「ダムができてな」
樹霊の住む村も、周りの四つの村と一緒にダムの中に沈んだ。
「皆、死んだ」
土中に住む蚯蚓ももぐらも、地表に生きていた草木も、水の中で次々に死んでいった。死に逝く者を見守る樹霊の身体も傷ついていた。樹皮は剥がれ、水を吸いすぎた身体はぼろぼろになり、ついには、身体が折れた。
「その代わりに、魚どもが集まってきよってな」
樹霊は、楽しそうにいった。
失われたいのちの代償は、いのちで贖う、と...
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2010/11/22 22:38 |
宙津国物語 (16) 〜 第五章 一輪桜
第五章 一輪桜
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2010/11/22 22:38 |
宙津国物語 (15) 〜 第四章 夜叉のささやき
「しかし」
隅麻呂が、静けさを取り戻した夜の闇を見つめながらいった。
「神に勝てるか」
冥き雲が覆った世界には、神の力は及ばないかもしれない。しかし、神々が高天原からする、間接的な力の行使を拒絶することはできても、神自らが下界に降り立って刀を振るい、矢を射掛けるとすれば、呪詛の念が漂っているにすぎない冥き雲のごときでは、神々を拒絶できないかもしれない。
(その時は、神と戦うのだ)
と、夜叉はいった。
(無能無力な神が造り上げた、悪と欲に支配された国を打ち捨て、善と義に拠って立つ...
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2010/11/22 22:38 |
宙津国物語 (14) 〜 第四章 夜叉のささやき
「どこへ避難する」
風神がぼそりというと、雪姫は、
「中津国へは行けませぬ」
と、首を振った。
この部屋に集まる前、雪姫は、中津国に向かって心気を澄ませてみた。いつもなら感じる中津国の気配が全くしなかった。さらに、雪姫は、中津国に移動しようと心気を凝らした。が、分厚い壁のようなものに阻まれ、中津国へは行けなかった。
「その壁は、冥き雲でございますか」
と、速波がきくと、雪姫は頷き、
「それと、夜叉の気配も」
感じたような気がする、と答えた。
「ならば」
雷神が泣き...
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2010/11/22 22:38 |
宙津国物語 (13) 〜 第四章 夜叉のささやき
夕暮れのような宙津国の空の下を、六つの雲と一匹の龍が雪姫館を目指して飛んでいる。
龍の荷物は、空であった。隅麻呂は、風神の雲に乗っていた。というより、乗せられた。
「わしは、龍で」
行きたかったが、全員が沈黙を以て隅麻呂の願いを却下した。
風神の後ろに回り込もうとする隅麻呂に、
「こっちだ」
と風神は、自分の前に座るように指差した。
雲の上に座り込むと、風神が腰紐を掴んで隅麻呂の身体を手繰り寄せた。
(ああ)
隅麻呂は、溜め息を吐かざるをえない。背中に風神...
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2010/11/22 22:37 |
宙津国物語 (12) 〜 第四章 夜叉のささやき
第四章 夜叉のささやき
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2010/11/22 22:37 |
宙津国物語 (11) 〜 第三章 冬来たりて春来たりなば…
館では、狸寝入りを楽しんだ猿田彦が眠りから覚め、再び宴が始まろうとしていた。
春姫館に着いた隅麻呂は、十種の神宝と龍の唾の壷を菜の花の中に隠すと。館の中に駆け込み、侍女に取り次ぎを頼んだ。
「隅麻呂じゃと」
猿田彦は、頓狂に呆れ返ったが、
「ともかくも連れて参れ」
と、いうしかない。
「潤」
と、猿田彦がいった。
「隅麻呂は、そなたと同じ人間じゃ。そなたは宙津国に来たが、隅麻呂は高天原に現れた」
「昔のひとなの、ですか」
と潤は、きいた。麻呂、とつく以上...
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2010/11/22 22:37 |
宙津国物語 (10) 〜 第三章 冬来たりて春来たりなば…
田力男の絶叫は、当然、館の中にいる猿田彦にもきこえている。
「何という」
と、猿田彦が、うずめの膝枕に目を閉じながらいうと、うずめが
「けたたましい恋じゃ」
と、呆れ果てたようにいった。
宴の部屋に置き去りにされた二人の声は、初めの頃こそきこえなかったが、すぐに、何やら喚いている田力男の声がきこえてきた。
猿田彦もうずめも、きくともなく、聞き耳を立てていると、田力男の声ばかりがきこえてくる。しかも、声がきこえるだけで何をいっているかまではきき取れず、さすがに不安にな...
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2010/11/22 22:36 |
宙津国物語 (9) 〜 第三章 冬来たりて春来たりなば…
海幸彦の死後、海が荒れ狂った。
山幸彦は、海幸彦を祭り、その、荒ぶる魂を鎮めようとした。が、海は騒ぎをやめず、漁に出られない日々が続いた。
海幸彦の魂を祭る神事が、三日にあげず行われた。
(海を鎮めねばならぬ)
神に祈り、天変地異を治める力を示さなければならなかった。日が経てば経つほど、山幸彦の権威は失墜し、敵対する勢力は、兄を死に追いやった弟として策謀を仕掛けてくるに違いなかった。
(兄を慕う民をけしかけるやもしれぬ)
漁に出ることができなくなった海辺の民は、山菜を採り、...
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2010/11/22 22:36 |
宙津国物語 (8) 〜 第三章 冬来たりて春来たりなば…
「冥き雲の正体は、お上にも分からぬのでございますか」
と、速波が雪姫にいった。
雪姫は、首を振った。
「強い結界でも張られているかのよう、と仰せられ、雲の中は、お見えにならないとの仰せにございます」
「誰にも分からぬか」
風神が天井を見上げて溜め息を吐いた。
「正体不明では手の出しようもない」
と、雷神が畳の目を見据えながら腹に据えかねたようにいう。
「あの」
という潤の声は、聞き取れないほど小さい。
雷神を見ながら、
「攻撃できないの、ですか」
というと、...
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2010/11/22 22:36 |
宙津国物語 (7) 〜 第二章 異界のひとびと
風神・雷神を見送った夕霞と潤は、子供達と一緒に館の中に入った。
潤は、板の間に腰掛け、土間に足をぶらぶらさせながら、女の子が出て行った木戸を見つめていた。
ひとりの少女が、洗面器のような小さなたらいを潤の足下に置き、頻りにたらいを指差した。
「足を拭いてっていってるの」
そう夕霞にいわれて潤は、自分が裸足だったことに気づいた。見ると、どの子も裸足だった。
「いいよ」
と潤は、少女に微笑した。
「だめよ、潤」
そういわれて振り向くと、夕霞が微笑していた。
「私達はいい...
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2010/11/22 22:36 |
宙津国物語 (6) 〜 第二章 異界のひとびと
風神と雷神は、神ではない。
仏であった。
もっとも、最初から仏であったわけではない。
風神と雷神は、天竺の国に生まれた。生まれたといっても親から生まれたわけではない。国津神や妖怪と同様、天然自然に生まれた。よって、人間でもない。
風神と雷神は、神でもなく、妖怪でもなく、人間でもなく、暴れん坊であった。
しかし、ただの暴れん坊ではない。
自分より弱い者には、決して手を出さない。その代わり、腕達者な者を見つけると、神であろうと人間であろうと戦いを挑んだ。要するに、風...
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2010/11/22 22:35 |
宙津国物語 (5) 〜 第二章 異界のひとびと
そこには、夢で見たときと違い、花も木もなく、土と岩だけの世界が広がっていた。が、雪女は、この、何もない大地が、夢で見た、あの世界だと確信していた。あの、天の一角に引っ張られるような感覚がなくなっていたのである。
(この大地が私を呼んでいた)
自分とこの世界とのあいだに結ばれた不可思議な縁を、雪女は、そう理解した。
神々から宙津国と呼ばれているこの大地は、天地の秩序ができたとき、取り残された混沌が凝縮してできたものであった。
天地を分けた神は、混沌を、清浄という基準によって...
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2010/11/22 22:29 |
宙津国物語 (4) 〜 第二章 異界のひとびと
第二章 異界のひとびと
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2010/11/22 22:27 |
宙津国物語 (3) 〜 第一章 天孫弑虐
高天原の一隅で、猿田彦と田力男が腕を組みながら突っ立っている。二人とも、足下を見おろしていた。足下に、二人の人間が倒れている。隅麻呂と、にぎはやひの命の娘である。
「高天原に来てしもうたわい」
猿田彦は、溜め息を吐くようにいった。
「どうする」
という、田力男の言葉にも力がない。
「お上に申し上げるほかあるまいよ」
と、猿田彦もいうほかはない。神ならぬ身が高天原に上って来たのである。どう処置するかは、天上界の支配者である天照の決めることであろう。
とりあえず二人を猿田彦の...
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2010/11/22 22:24 |
宙津国物語 (2) 〜 第一章 天孫弑虐
猿田彦は、恋をした。
恋の相手は、天のうずめである。
二人の恋の始まりは、騒々しかった。
二人の恋は、田力男の喧嘩腰の物言いから始まった。
「そなたに」
田力男は、身を乗り出してうずめにいった。
「猿田彦が思いを寄せておる」
うずめとしては、
──だからどうした
とでもいいたいところではあるが、うずめは、口元に微笑を湛えて田力男に応えた。
「そなただけを一筋に思い定めておる」
ほう、というように、うずめの唇が微妙に動いた。猿田彦の好意は感じていたが、それ...
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2010/11/22 22:21 |